２０．寄宿舎デビュー （2004年4月15日）
前の日までばたばたしながら、おかあさんがまとめた荷物を抱えて、おとうさんは、のんたんといっしょに家を出ました。
いつものように、Ｋ盲学校へ行くスクールバスまで、のんたんを送っていくのですが、今日はいつもよりもずっとたくさん
の荷物を抱えています。そう、今日は初めて寄宿舎にお泊まりする日なのです。
お泊まりといえば、これまでにも経験がなかったわけではありません。
これまで、保育園時代の「お泊まり保育」や学童保育でのキャンプに参加してきましたので、のんたんは毎年、おとうさんやおかあさんと離れて、
お泊まりにでかけています。
おかあさんはそのたびに、
「のんたん、おとまりだよ、お、と、ま、り。」
と、何度ものんたんに話しかけてきました。「おとまり」ということばを、のんたんに覚えてもらいたいと思ったからです。
それがわからないと、のんたんは、「いつになったらおむかえがくるのだろう。」と、ずっと不安な気持ちで待ちつづけなければ
ならないのです。「今日は、お迎えにはいかないよ。でも、とても楽しいことがあるよ。」ということをのんたんにおしえたくて、
のんたんがお泊まりに行くたびに、おかあさんは何度も、「おとまり」ということばをのんたんに繰り返してきました。
そのかいあってか、のんたんは、「おとまり」ということばの意味をなんとなくわかってきたようです。
今回も、前の日の夜に、おかあさんはなんども、
「のんたん、明日はお泊まりだよ。寄宿舎に行くよ。」
とのんたんにおしえました。
のんたんがそれを理解したかどうか、おかあさんにはわかりませんが、とりあえず、「明日はなにか特別なことが
あるらしい。」と、のんたんは思ったようです。翌朝には、大きな荷物を抱えたおとうさんといっしょに、意気揚揚と
家を後にしたのでした。
その日の夜、おとうさんとおかあさんは、あみちゃんといっしょに、３人でごはんを食べました。
いつもなら、のんたんが同時につけるテープレコーダーとキーボードとうるさいおもちゃの三重奏で、家の中はとんでもない
騒がしさなのですが、その張本人は、今夜はいません。家の中はしいんと静まり返っています。
静かで気持ちがいいはずなのですが、なんだか調子が狂ってしまって、ごはんを食べているような気がしません。
３人で、そそくさと食べてしまいました。
家が、静かすぎるのです（笑）。
そのことに、おとうさんも、おかあさんも、そしてあみちゃんも戸惑っていました。
夕方、寄宿舎に荷物を持っていったおとうさんは、ちょっと中をのぞいてみました。
すると、プレイルームで、のんたんは先生のひざにダッコされて、みんなといっしょに歌を歌っていたそうです。
「少なくとも、ひとりぼっちであるきまわったりしていなくてよかった。ダッコしてもらっててよかった。」 …と、
ちょっと安堵したおかあさんなのでした。
のんたんがいない夜。のんたんだけがいない夜。
なんだかとっても寂しくて、おかあさんは、のんたんのことが気がかりでしかたがありません。
今ごろ、のんたんは眠っているでしょうか。いつも、私にダッコされて眠るのに…と思うと、おかあさんは、寂しい気持ちがつのる
ばかりでした。
あとで聞いたところによると、その夜も、のんたんは寄宿舎で３時に起きたそうで、先生はたいへんだったことでしょう。
こうして、初日の夜が終わり、次の日の夜、寄宿舎での初お泊まりを終えたのんたんが元気に帰ってきました。
待ちかねていたように、おかあさんはのんたんを抱っこし、耳元で尋ねました。
「のんたん、きのうは、きしゅくしゃに、いきましたか？」
「はいっ」
「たのしかった？」
「たのしかった」
「きしゅくしゃ、もっと、いきたいひと！」
「は〜〜〜〜い」
…だそうです。
寄宿舎では、中庭で、先生といっしょにブランコやシーソーをやって過ごしたとか。
泣きながら帰ってきたりしたらどうしよう、とか、おかあさんは心配していましたが、とんでもない。
いつもとまったく変わらないのんたんが、おとうさんといっしょにあたりまえのように帰ってきて、あたりまえのように
キーボードをひきはじめました。
なんにせよ、たのしかったようで、よかったよかった、と、おかあさんは胸をなでおろしたのでした。
そして、のんたんがこんなに楽しそうにしているんだもの。寂しがってばかりじゃいられない。」と思い直したのです。
おかあさんは、おとうさんに言いました。
「来週の月曜日の夜は、どこかに食べに行こうよ。せっかくだから、いつもなら、のんたんがいたらあぶなくて
行けないようなところへ行ってみない？ 焼肉屋さんとか、お好み焼き屋さんとか。」
「お、そりゃいいな。」
と、おとうさんも大賛成です。
おかあさんは、さらにこう言いました。
「月曜の夜は、あみちゃんをうんとかわいがって、あまえさせてやろうよ。週に一回だけ、ひとりっこの気分を
味あわせてあげるってのも、いいんじゃないの。」
「そうだなあ。賛成、賛成！」
昨夜はあんなに寂しい思いをしていたのに、なんだか急に、来週の月曜日が楽しみになってきたおかあさん
なのでした。
（おわり）
