Ｏｕｒ Ｓｔｏｒｙ
１１．はじめてのお泊まり
１１．２１ 「なぜ」ではなく「なんのために」 （2001年3月3日）
１１．２１ 「なぜ」ではなく「なんのために」 （2001年3月3日）
「なぜ」ではなく「なんのために」
出勤していつものように自分のパソコンを立ち上げると、エアロ社のショーンからメールが来ていた。インターナショナルセールスミーティングで会い、覚え書に「イエス」とサインしてくれたショーンだ。その後、Ｃプロジェクトを実際に動かして日本から出荷するまでがまたたいへんな苦労だったのだが、そのプロジェクトの荷が、とうとうエアロ社に到着したのだった。
それは、貨物が到着したことを告げる、ショーンからのお礼のメールだった。そして、簡単な文面の最後は、こんな一文で結ばれていた。
-It was a pleasure working with you.
私は、その一行をじっと見つめた。そして、何度も何度も、心の中でくりかえしてみた。
-It was a pleasure working with you.
-It was a pleasure working with you.
-It was a pleasure working with you...
「君と仕事ができてよかった。」というショーンのひとことは、私の胸に静かにしみこんでいった。私はまちがっていなかった。これでよかったのだ。そんな思いが、次第に私自身を癒していくのがわかった。誰もわかってくれなくていい。このひとことがあれば、私はこれからもやっていける。
この一行こそが、半年間がんばってきた私へのはなむけだったのだ、と私は思った。ショーンにもらったこのことばを支えにして、これからも仕事を続けよう。熱い思いが込み上げてきた。仕事中だというのに涙が出そうになって、私はあわてて次のメイルを開いた。
「ミヨ、困ったことになったんだ。助けてほしい。
この間注文した件なんだけど… 」
それは、シンガポールのテオからだった。夏に私がトレーニングの通訳を務めたとき、生徒として参加していた代理店のエンジニアだ。あのとき私は、「彼らの心に、私のことは少しでも残るだろうか」と思った。それが今、私は彼とがっぷり組んで仕事をしている。夏に会ったときの、テオの笑顔を思い出した。
「オーケイ。まかせて。あとのことはこちらで処理するから。」
と、彼に返事を書きながら、私はまだ、同じことばを心の中でくりかえしていた。
-It was a pleasure working with you...
このことばを、いつかテオにも言ってもらいたい。そして、この人にも、この人にも…。
メーラーにあふれているたくさんのメールのセンダー名を眺めながら、私はそう思った。この職場の誰にもわかってもらえなくたっていい。私は、自分が納得できる仕事をしていこう。
仕事なんて、テキトウでいい。
のぞみが障害を持ってから、私はずっとそう思いながら働いてきた。障害のある子どもを預けて働くのは、たいへんなことも多かった。結局、マイホームまでも捨てるはめになった。
どうしてそうまでして仕事を続けるのか、と誰からも聞かれることはなかったが、実を言うと、それは私にも説明できなかった。けれど今、その答えがおぼろげながら見えてきたような気がした。たいせつなのは、「なぜ働くのか」ではなく、「何を求めて働くのか」という私の姿勢だった。
あれから２ヶ月が過ぎた。新しい仕事をすることになり、毎日毎日、世界中のエージェントとのやりとりに追われているうちに、気がついたら３月になっていた。今度の仕事にも慣れてきて、私は今、海外業務全般の効率化に着手し始めている。そんな余計なことまでやりはじめたのだから、仕事はいっこうに減らない。あいかわらず、忙しいばかりだ。
こんな私の仕事ぶりを、上司はわかってくれているだろうか。多分、またまた理解してもらってはいないのだろう。上にとりいるのが下手な私は、これからも貧乏くじを引いてばかりなのだろうと思う。けれど、そんなことはどうでもいい。私は今、素直にそう思える。
息つく暇もないほど忙しいさなかにも、そして、仕事がほんの少しとぎれてほっとひといきついたときにも、なにかにつけて、私はいつも、ショーンがくれたことばを思い出す。
-It was a pleasure working with you...
このことばがあるから、がんばれる。このことばに支えられて、私はこれからもこの仕事をやっていくのだろうと思う。
そっと目をとじ、心の中でひとり、つぶやいてみた。
「君と仕事ができてよかった。」
頭の中を、一瞬のうちに、いくつもの場面が浮かんでは消えていった。暑い中、徹夜明けで受けた英語の試験。ロマンスカーに乗り、晩秋の日差しを浴びながら眺めた景色。そして、悲しみをこらえながら、黙々と働き続けた冬の日々…。
様々な思いを飲みこんで、春は、もうすぐそこまで来ていた。
（終わり）
＊長い長い連載におつきあいいただき、ありがとうございました。途中で書くことができなくなってしまい、連載を一時中断しましたが、やっと書き終え、私もほっとしています。さて、次は何を書きましょうか・・・。
出勤していつものように自分のパソコンを立ち上げると、エアロ社のショーンからメールが来ていた。インターナショナルセールスミーティングで会い、覚え書に「イエス」とサインしてくれたショーンだ。その後、Ｃプロジェクトを実際に動かして日本から出荷するまでがまたたいへんな苦労だったのだが、そのプロジェクトの荷が、とうとうエアロ社に到着したのだった。
それは、貨物が到着したことを告げる、ショーンからのお礼のメールだった。そして、簡単な文面の最後は、こんな一文で結ばれていた。
-It was a pleasure working with you.
私は、その一行をじっと見つめた。そして、何度も何度も、心の中でくりかえしてみた。
-It was a pleasure working with you.
-It was a pleasure working with you.
-It was a pleasure working with you...
「君と仕事ができてよかった。」というショーンのひとことは、私の胸に静かにしみこんでいった。私はまちがっていなかった。これでよかったのだ。そんな思いが、次第に私自身を癒していくのがわかった。誰もわかってくれなくていい。このひとことがあれば、私はこれからもやっていける。
この一行こそが、半年間がんばってきた私へのはなむけだったのだ、と私は思った。ショーンにもらったこのことばを支えにして、これからも仕事を続けよう。熱い思いが込み上げてきた。仕事中だというのに涙が出そうになって、私はあわてて次のメイルを開いた。
「ミヨ、困ったことになったんだ。助けてほしい。
この間注文した件なんだけど… 」
それは、シンガポールのテオからだった。夏に私がトレーニングの通訳を務めたとき、生徒として参加していた代理店のエンジニアだ。あのとき私は、「彼らの心に、私のことは少しでも残るだろうか」と思った。それが今、私は彼とがっぷり組んで仕事をしている。夏に会ったときの、テオの笑顔を思い出した。
「オーケイ。まかせて。あとのことはこちらで処理するから。」
と、彼に返事を書きながら、私はまだ、同じことばを心の中でくりかえしていた。
-It was a pleasure working with you...
このことばを、いつかテオにも言ってもらいたい。そして、この人にも、この人にも…。
メーラーにあふれているたくさんのメールのセンダー名を眺めながら、私はそう思った。この職場の誰にもわかってもらえなくたっていい。私は、自分が納得できる仕事をしていこう。
仕事なんて、テキトウでいい。
のぞみが障害を持ってから、私はずっとそう思いながら働いてきた。障害のある子どもを預けて働くのは、たいへんなことも多かった。結局、マイホームまでも捨てるはめになった。
どうしてそうまでして仕事を続けるのか、と誰からも聞かれることはなかったが、実を言うと、それは私にも説明できなかった。けれど今、その答えがおぼろげながら見えてきたような気がした。たいせつなのは、「なぜ働くのか」ではなく、「何を求めて働くのか」という私の姿勢だった。
あれから２ヶ月が過ぎた。新しい仕事をすることになり、毎日毎日、世界中のエージェントとのやりとりに追われているうちに、気がついたら３月になっていた。今度の仕事にも慣れてきて、私は今、海外業務全般の効率化に着手し始めている。そんな余計なことまでやりはじめたのだから、仕事はいっこうに減らない。あいかわらず、忙しいばかりだ。
こんな私の仕事ぶりを、上司はわかってくれているだろうか。多分、またまた理解してもらってはいないのだろう。上にとりいるのが下手な私は、これからも貧乏くじを引いてばかりなのだろうと思う。けれど、そんなことはどうでもいい。私は今、素直にそう思える。
息つく暇もないほど忙しいさなかにも、そして、仕事がほんの少しとぎれてほっとひといきついたときにも、なにかにつけて、私はいつも、ショーンがくれたことばを思い出す。
-It was a pleasure working with you...
このことばがあるから、がんばれる。このことばに支えられて、私はこれからもこの仕事をやっていくのだろうと思う。
そっと目をとじ、心の中でひとり、つぶやいてみた。
「君と仕事ができてよかった。」
頭の中を、一瞬のうちに、いくつもの場面が浮かんでは消えていった。暑い中、徹夜明けで受けた英語の試験。ロマンスカーに乗り、晩秋の日差しを浴びながら眺めた景色。そして、悲しみをこらえながら、黙々と働き続けた冬の日々…。
様々な思いを飲みこんで、春は、もうすぐそこまで来ていた。
（終わり）
＊長い長い連載におつきあいいただき、ありがとうございました。途中で書くことができなくなってしまい、連載を一時中断しましたが、やっと書き終え、私もほっとしています。さて、次は何を書きましょうか・・・。