のんたん日記 ４
１２．盲学校の運動会
１２．７ 特別ゲスト （2002年10月19日）
特別ゲスト
おかあさんが保護者席に戻ると、あみちゃんが、
「体育館にＩ先生がいるよ！」
と走ってきました。
Ｉ先生は、あみちゃんの担任の先生です。あみちゃんの通うＨ小学校は、Ｋ盲学校と３０年にわたって交流を続けている歴史があり、それぞれの行事のときにもお互いに行き来をしているようです。この日はＫ盲学校の運動会ということで、Ｈ小学校のブラスバンド部が応援に駆けつけていました。その指導係として、Ｉ先生が子どもたちを引率されていたというわけです。
お休みの日ということで、Ｉ先生は、ご自分の小さなお子さんもいっしょに連れてきて遊ばせておられました。お休みの日にまで母親と教師の両方をこなすＩ先生に、おかあさんは頭が下がりました。
あみちゃんは、自分の知っている人がひとりもいない運動会に来て、少し飽きてきたようだったのですが、ブラスバンド部の集まりの中に担任の先生や知っているおともだちが何人もいるのを見つけてすっかりうれしくなったようです。ブラスバンド部の控え室になっている体育館に遊びに行ってしまいました。
のんたんの運動会に一日中つきあわされるのではなく、午後の少しの時間であっても、お友だちや先生と遊ぶことができて、あみちゃんもきっとうれしかったことでしょう。こういうなにげない場面があるたびに、「交流」をしている学校にあみちゃんを通わせてよかった、と、おかあさんはいつも思ってしまうのです。
こうして、午後の部のプログラムも快調に進み、運動会は大成功のうちに終わりました。あとは、自由解散で家に帰るだけです。のんたんは、スクールバスに乗って帰ることもできるのですが、せっかく家族で来ているのですから、のんたんもいっしょに、車で連れて帰ることにしました。
おかあさんは、Ｕ先生に手を引かれているのんたんのところへ迎えに行きました。
「のんたん。よくがんばったね。」
おかあさんの声を聞きつけて、のんたんがおかあさんに抱きついてきました。うれしそうな、そして、ちょっと得意そうなのんたん。もう、のんたんは泣いてはいません。
泣いても、泣かなくても、それぞれの表情にのんたんの成長ぶりがうかがえて、おかあさんは感無量でした。初めて、みんなといっしょに演技ができた運動会…。のんたんはほんとうに大きく成長していました。
みんなで廊下を歩いていると、Ｋ盲学校の校長先生が通りがかりました。
「お世話になりました。」
おかあさんが軽く会釈して通り過ぎようとすると、校長先生はちょっと立ち止まってこう話されました。
「この間、Ｈ小学校の運動会に行ったんですよ。あみかちゃん、がんばっていましたね。」
それは、何気ない、ほんの短いことばでした。けれど、おかあさんの胸に、そのことばはいつまでも残りました。
生徒数の少ないK盲学校で、校長先生が子どもたちの名前を全部覚えていることは、それほど珍しいことではないのかもしれません。けれど校長先生は、よその学校に通っているのんたんの妹の名前まで覚えていてくれたのです。そして、Ｈ小学校の運動会であみちゃんを見て、心にとめてくださったのです。
「のんたんの存在を知っている先生がたくさんいる小学校に通うことが、あみちゃんにとっての幸せではないかと思います。」
あみちゃんの小学校を決めるとき、Ｒ保育園の園長先生から、おかあさんはそんなふうに言われました。そして、そのことばのとおりであったことを、入学してすぐに実感しました。でも、それだけではありませんでした。
「あみちゃんの存在を知っている先生がたくさんいる盲学校にのんたんが通うということは、あみちゃんにとってのもうひとつの幸せでもあったのだ…。」
おかあさんはそのとき、そう気がつきました。校長先生だけではありません。担任の先生方も同じです。のんたんの誕生日に手作りのカードをプレゼントしてくださったとき、先生方はあみちゃんの分も用意してくださっていました。「交流」とは、月に一回、両方の子どもたちが関わりあうという、ただそれだけのことではなかったのです。
「それでは、一年一組、二年一組の終わりの会を始めます。」
Ｙ先生の声がします。教室には、ほかのクラスメートたちがすでにそろっていました。一年一組・二年一組の合同クラスは、のんたんを入れて全部で５人のクラスです。けれどこの日は、もうひとつ席が用意してありました。
Ｙ先生が続けました。
「今日は、特別ゲストとしてあみかちゃんが来てくれているので、あみかちゃんもいっしょに終わりの会をしたいと思います。あみかちゃん、ここに座ってくださ〜い。」
思いがけずご招待を受けて、あみちゃんはちょっと恥ずかしそうに席につきました。
「みんな、運動会でがんばりましたね。今日は楽しかったですか？ それでは、ひとりずつ、今日の感想をおしえてくださ〜い。」
五人の子どもたちは、ひとりずつ、順番に感想を話しました。のんたんも、おかあさんに助けられながら、
「タノシカッタ！」
と言うことができました。
そして、最後にあみちゃんも先生にあててもらい、ちょっと恥ずかしそうに感想を話したことは、言うまでもありません。
あみちゃんはきっと来年も、「のんたんの運動会にあみちゃんも行きたい。」と言うだろうな、とそのときおかあさんは思いました。
のんたんが盲学校に入学して初めての運動会は、のんたんにもあみちゃんにも、そしてもちろんおとうさんとおかあさんにとっても、楽しい思い出でいっぱいの運動会になりました。
（おわり）
「のんたんの運動会シリーズ」は、こちらです。
Ｏｕｒ Ｓｔｏｒｙ ８．はじめての運動会
のんたん日記２ ６．こざるとこざるのうんどうかい
のんたん日記３ ５．三回目の運動会
１２．７ 特別ゲスト （2002年10月19日）
特別ゲスト
おかあさんが保護者席に戻ると、あみちゃんが、
「体育館にＩ先生がいるよ！」
と走ってきました。
Ｉ先生は、あみちゃんの担任の先生です。あみちゃんの通うＨ小学校は、Ｋ盲学校と３０年にわたって交流を続けている歴史があり、それぞれの行事のときにもお互いに行き来をしているようです。この日はＫ盲学校の運動会ということで、Ｈ小学校のブラスバンド部が応援に駆けつけていました。その指導係として、Ｉ先生が子どもたちを引率されていたというわけです。
お休みの日ということで、Ｉ先生は、ご自分の小さなお子さんもいっしょに連れてきて遊ばせておられました。お休みの日にまで母親と教師の両方をこなすＩ先生に、おかあさんは頭が下がりました。
あみちゃんは、自分の知っている人がひとりもいない運動会に来て、少し飽きてきたようだったのですが、ブラスバンド部の集まりの中に担任の先生や知っているおともだちが何人もいるのを見つけてすっかりうれしくなったようです。ブラスバンド部の控え室になっている体育館に遊びに行ってしまいました。
のんたんの運動会に一日中つきあわされるのではなく、午後の少しの時間であっても、お友だちや先生と遊ぶことができて、あみちゃんもきっとうれしかったことでしょう。こういうなにげない場面があるたびに、「交流」をしている学校にあみちゃんを通わせてよかった、と、おかあさんはいつも思ってしまうのです。
こうして、午後の部のプログラムも快調に進み、運動会は大成功のうちに終わりました。あとは、自由解散で家に帰るだけです。のんたんは、スクールバスに乗って帰ることもできるのですが、せっかく家族で来ているのですから、のんたんもいっしょに、車で連れて帰ることにしました。
おかあさんは、Ｕ先生に手を引かれているのんたんのところへ迎えに行きました。
「のんたん。よくがんばったね。」
おかあさんの声を聞きつけて、のんたんがおかあさんに抱きついてきました。うれしそうな、そして、ちょっと得意そうなのんたん。もう、のんたんは泣いてはいません。
泣いても、泣かなくても、それぞれの表情にのんたんの成長ぶりがうかがえて、おかあさんは感無量でした。初めて、みんなといっしょに演技ができた運動会…。のんたんはほんとうに大きく成長していました。
みんなで廊下を歩いていると、Ｋ盲学校の校長先生が通りがかりました。
「お世話になりました。」
おかあさんが軽く会釈して通り過ぎようとすると、校長先生はちょっと立ち止まってこう話されました。
「この間、Ｈ小学校の運動会に行ったんですよ。あみかちゃん、がんばっていましたね。」
それは、何気ない、ほんの短いことばでした。けれど、おかあさんの胸に、そのことばはいつまでも残りました。
生徒数の少ないK盲学校で、校長先生が子どもたちの名前を全部覚えていることは、それほど珍しいことではないのかもしれません。けれど校長先生は、よその学校に通っているのんたんの妹の名前まで覚えていてくれたのです。そして、Ｈ小学校の運動会であみちゃんを見て、心にとめてくださったのです。
「のんたんの存在を知っている先生がたくさんいる小学校に通うことが、あみちゃんにとっての幸せではないかと思います。」
あみちゃんの小学校を決めるとき、Ｒ保育園の園長先生から、おかあさんはそんなふうに言われました。そして、そのことばのとおりであったことを、入学してすぐに実感しました。でも、それだけではありませんでした。
「あみちゃんの存在を知っている先生がたくさんいる盲学校にのんたんが通うということは、あみちゃんにとってのもうひとつの幸せでもあったのだ…。」
おかあさんはそのとき、そう気がつきました。校長先生だけではありません。担任の先生方も同じです。のんたんの誕生日に手作りのカードをプレゼントしてくださったとき、先生方はあみちゃんの分も用意してくださっていました。「交流」とは、月に一回、両方の子どもたちが関わりあうという、ただそれだけのことではなかったのです。
「それでは、一年一組、二年一組の終わりの会を始めます。」
Ｙ先生の声がします。教室には、ほかのクラスメートたちがすでにそろっていました。一年一組・二年一組の合同クラスは、のんたんを入れて全部で５人のクラスです。けれどこの日は、もうひとつ席が用意してありました。
Ｙ先生が続けました。
「今日は、特別ゲストとしてあみかちゃんが来てくれているので、あみかちゃんもいっしょに終わりの会をしたいと思います。あみかちゃん、ここに座ってくださ〜い。」
思いがけずご招待を受けて、あみちゃんはちょっと恥ずかしそうに席につきました。
「みんな、運動会でがんばりましたね。今日は楽しかったですか？ それでは、ひとりずつ、今日の感想をおしえてくださ〜い。」
五人の子どもたちは、ひとりずつ、順番に感想を話しました。のんたんも、おかあさんに助けられながら、
「タノシカッタ！」
と言うことができました。
そして、最後にあみちゃんも先生にあててもらい、ちょっと恥ずかしそうに感想を話したことは、言うまでもありません。
あみちゃんはきっと来年も、「のんたんの運動会にあみちゃんも行きたい。」と言うだろうな、とそのときおかあさんは思いました。
のんたんが盲学校に入学して初めての運動会は、のんたんにもあみちゃんにも、そしてもちろんおとうさんとおかあさんにとっても、楽しい思い出でいっぱいの運動会になりました。
（おわり）
「のんたんの運動会シリーズ」は、こちらです。
Ｏｕｒ Ｓｔｏｒｙ ８．はじめての運動会
のんたん日記２ ６．こざるとこざるのうんどうかい
のんたん日記３ ５．三回目の運動会
